涙・なみだのアンスキャンダル物語 -HISTORY OF UNSCANDAL 1995-1998-

1995年(平成7年)
9月、西麻布YELLOWでの“JUST A BEAT SHOW”にてレピッシュのボーカリスト・MAGUMIさんと初共演。MAGUMI with UNSCANDALの初ライブでもあった。
12月31日六本木ベルベットにてレピッシュ、KEMURI等と共にカウントダウンライブに出演。
1996年(平成8年)
11月にUNSCANDAL初のCD音源となるコンピレーションCD「LIVE BAND REMIX EAST WEST」(SONG BIRD LEBELより発売)に参加、「SUPER HIT」「 羊たちの深刻」の2曲収録。これにともない初のライブツアーを行う。同アルバムに参加した快速バビロントレインの当時メンバーだったkozzzとの運命の出会いを果たす。
1997年(平成9年)
この頃から渋谷O-Nestにて開催されていたライブイベント『MAGUMI Produce!“円山町ミクスチャーナイト”』にレギュラー出演。
渋谷FMのラジオ番組『JAM and JAM』と『Rock On The Road』をレギュラー担当。
新宿ロフトでのライブ後打ち上げ中、休眠中のスズーキの鼻に辛子が塗られ、史上最悪のスズーキ超激怒大暴れ事件勃発!のちに犯人は快速バビロントレインのメンバー(kozzzではない)であったことが発覚したが、あまりの暴れ様に恐ろしくて挙手できなかったと語っている。
SAX・橋本本橋、脱退。これにともない当時スタッフであったションに無理やりSAXを購入させ(ローン15回払い)メンバーに仕立て上げる。
1998年(平成10年)
扶養家族としてフルハム三浦、扶養加入。パートは…なんかガチャガチャバタバタたまに奇声かな?であった。(要介護)
のちに“Have a Good Time”の演奏中に客席におやつを撒くパフォーマンスを勝手に始める。(おやつは基本日替わりだったが、キットカットが多かった)
夏、ドラマー・カチカチオ脱退。
フルハム三浦の仲介によりジャッキー天野・ドラム就任。あまのじゃくな性格からスズーキによって命名された「ジャッキー天野」という芸名を、誰よりも本人がいたくお気に召す。
また、同じ板橋区出身で同い年、同じバンドマンで星座血液型まで同じのスズーキとは、この時まで一切面識がなかった。ジャッキーいわく「同じ板橋でもタカはパンク派、俺はヘビメタ派だったから派閥が違ってたんだよ」だそうな。
ション寿脱退。しばらくSAX抜きで活動。
この頃に鳥井"FUNK"Jr.と対バン関係で出会う。
第一印象はメンバー全員一致で「あぁ、あのヤサ男ね」であった。そのいでたちはロングコートに厚底ブーツという和製プリンスさながらであった。
秋のメンバー募集にて偶然にも上記ヤサ男こと鳥井“FUNK”Jr.がSAX加入。
  • 1995年9月
    ▲左から市川歌麿、ハカマカンペー、スズーキタカユキ。(1995年9月)
  • LIVE BAND REMIX EAST WEST
    LIVE BAND REMIX EAST WEST(1996)
    参加バンドは、UNSCANDAL・快速バビロントレイン・SUIREN・SECOND BRIDGE・NORa・THE BALLAD