涙・なみだのアンスキャンダル物語 -HISTORY OF UNSCANDAL 1990-1994-

1990年(平成2年)
7月の善き日に、スズーキタカユキ(Vo)、こまちゃん(G)、ラフィンくん(B)、大ちゃん(Dr)の4人でUNSCANDAL結成!初ライブは、今は無き代々木チョコレートシティ(通称・代チョコ)で鮮烈デビュー戦を飾る。
10月21日、音楽雑誌PATIPATIロックンロール主催「スーパーバッドをぶっ飛ばせ」という勝ち抜きライブに、東京在住なのになぜか仙台大会に出場。見事『パチロク賞』を受賞!賞品は当時も今も使いようのない8cmCDシングル専用CDプレイヤーをもらう。
1991年(平成3年)
ラフィンくん脱退。
(ここから始まるメンバー大異動、のべ人数は20人ともいわれる)
脱退理由は、毎晩メンバーがラフィンくんの自宅アパートに押しかけ、部屋にてドンチャン騒ぎを繰り返し、たまらず怒鳴り込みに来た階下の大家に対し、大ちゃんが「ん〜そうね〜、お前がうるさい」と舌足らずで対応したため、ラフィンくんはアパートを追い出される羽目になり、途方に暮れたラフィンくんにスズーキが「ん〜そうね〜、人生いろいろ」と大ちゃんの物真似でなぐさめたためといわれている。
神堂冬樹こと、つるくんがBass加入。
加入前からすでに“神堂冬樹”なるモト冬樹ばりの芸名を持つ彼は、音楽以外のバンド経歴に様々な足跡を残していく…。
特に必要ではなかったが、ドサクサまぎれにバイキン君がSAXで加入。
7月、こまちゃん脱退につき、つるくんがギターに転向。
そのため不在となったベーシストの座をかけた一般公募により、小川ミッチー(ヘビメタ)と佐藤ガジロー(学生)が名乗りを挙げる。
かち合ったベーシストの座をめぐって熾烈なバトルが繰り広げられるかと思いきや、ガジローの「僕トロンボーンでいいです」と募集もかけてないパートへの転向宣言!あっけにとられるメンバーを尻目にUNSCANDALに新しいパートを押し付ける。そのうえ自宅より持参したトランペットを差し出し、スズーキに「吹いてみれば?」とトランペットパートまで押し付ける始末。
この事件に関して、のちに佐藤ガジローは「当時、埼玉では有名な大宮フリークスに出てたUNSCANDALにどうしても入りたかった」と振り返っている。
年の暮れ頃、ガジローの学友であった渡鮫肌夫(通称・サメハダ)がSAXにて加入。
1992年(平成4年)
ベーシストとかSAXとか、なんかいろいろいっぱいメンバー交代。スズーキいわく「マジでたくさん変わったからわかんない」
ドラムス大ちゃんからカチカチオに交代。
この頃から代々木チョコレートシティにて自主企画ライブ『リズムグラマラス』がスタート!SUPER JUNKY MONKEYやスキップカウズなど多彩なメンツが出演。のちにNUS MACHINEとの共同企画へと発展する。
1993年(平成5年)
SAX・橋本本橋に交代。
年の暮れ頃、SUPER JUNKY MONKEYのベーシスト・かわいしのぶの仲人により、ギタリスト市川歌麿が加入。加入当時ロン毛であったため「大魔神」との称号を授かる。
1994年(平成6年)
7月1日付けで、NUS MACHINEのベーシスト・JACKの仲人により、8代目ベーシスト・袴塚ジョンソン2世(のちのハカマカンペー)が加入。加入即日からいきなり3DAYSライブをこなす。ちなみに同年5月のリズムグラマラスに前所属バンド「カメラ」として出演していた。
  • パチロク賞
    ▲PATIPATIロックンロール1991年2月号(表紙:COBRA)にちっちゃ〜く掲載。
  • 古参メンバーの証言に基づくベーシスト遍歴のおさらい